有森博さん(ピアニスト・東京藝術大学教授)へのインタビューです。
2022年8月5日(金)「レクチャー・コンサート ハイドンとスクリャービンの交響曲」で行なわれたものです。
スクリャービンの交響曲をピアノ連弾で演奏する意義
「スクリャービンの交響曲をピアノ連弾で弾くというのはかなり珍しいレパートリーですよね。有森さんとしては背景にどんな考えをお持ちか、お聞かせいただけますか?」
有森「本年2022年はアニバーサリーイヤーです(注 生誕150年)。そういうことでもないとスクリャービンの交響曲と深くかかわろうと考える時間は一生来ないのではないか、と思いました。僕は、シンフォニーを理解することが、ピアノ作品の演奏を深めることにつながると常々考えてきました。ベートーヴェンの演奏についてもそうですし、チャイコフスキーもそうです。シンフォニーと積極的に深くかかわっていくことが、音楽的な豊かさにつながるという発想です。スクリャービンの場合も同じでないかと思ったのです。
スクリャービンのソロのピアノ作品は学生なども弾きますが、表面的なかっこよさだけで処理しているような面があるかもしれない、と思っていました。自分もどこまで深く理解しているかというと、あいまいなところがある。そこで、これを機会に交響曲を全部やってみようと。スクリャービンの交響曲の中にはいろんな作風が含まれていますので、それを全部やることで彼の音楽が見えてくるのではないか。レクチャーコンサートという場で発表するのに相応しいのでは、と考えました。それを読み取っていく作業を聴く方と一緒にしていけたら、コンサートの聴き方としても面白いし、学生にとっても勉強になると思いました。」
「ピアノ曲を演奏するのにもシンフォニーを深く知ることが役立つということですね。今回は連弾という形ですけれど、オーケストラには色んな種類の楽器があります。それをピアノで演奏することにはどんな課題がありますか?」
有森「作曲家がシンフォニーのスコアを書く時には、その好みが強く表れると思います。旋律にどういう楽器を使って、どういう響きにして、そのためにどういう楽器を組み合わせて・・・そういうアイディアには作曲家の特徴が良く出ると思うのです。スクリャービンの交響曲のピアノ連弾用編曲版を見るとトレモロ奏法が多く使われていて、トレモロを用いてリズムが曖昧に作られていることが多い。彼のピアノ曲の世界に通じるものがあると感じました。ピアノとオーケストラとの共通点が具体的に見えてくることで、ピアノ作品に向かった時に、今まで以上にイメージが広がるのではないかと思います。」
今の状況でロシア音楽とどのように向き合っていますか?
「有森博さんといえばロシア音楽に造詣が深いピアニストであることが広く知られていますが、このところの状況下、ロシア音楽とどのように向き合っていらっしゃいますか?」
有森「今起きている状況に関しては、何といっていいかわからないような感情が渦巻いています。しかし音楽に関しては、だからどうということは自分の中にはありません。むしろこういう状況が起きても、自分の中では音楽の感じ方に変化は起きませんでした。これにより音楽の魅力を再確認できたと思っています。「ロシア音楽の演奏を自粛する」などというニュースを聞いたりしますが、僕は、作曲家が良い音楽を作り、それを演奏し、共感し、幸せな時間を作っていくことは、どんな状況であっても素晴らしいことだと思っています。それを再確認できたことに、自分の中でもびっくりしています。」
場所 シンフォニー・サロン
聞き手 小田切尚登